京都地方裁判所 昭和44年(た)1号 決定 1969年10月31日
主文
本件再審の請求はこれを棄却する。
理由
(再審の請求の趣旨および理由)
本件再審の請求の趣旨および理由は、請求者の差し出した再審請求書および意見書、ならびに弁護人の差し出した再審請求事由補充書および事実取調請求書各記載のとおりなので、ここにこれを引用する。その理由の要旨はおうよそ次のようなものである。
第一 第一審(以下原第一審と略称する。)である京都地方裁判所の言い渡した有罪の確定判決が、その判断の基礎としている証拠のうち、
(一) 山本満知子の司法警察員に対する供述調書(謄本)および検察官に対する供述調書記載の供述は、原第一審公判廷における証人山本満知子、同中村昭の各証言および被告人(請求者)の供述ならびに本件再審請求書に添付した請求者の供述書の記載に照らし、
(二) 伊佐ラクの司法巡査に対する供述調書記載の供述は、捜査官の誘導等にかかり、
(三) 被告人(請求者)の司法警察員および検察官に対する各供述調書記載の供述は、捜査官の詐言誘導等にかかり、
いずれも虚偽であることが明らかであり、右の各供述が虚偽であることについては、その証明につき確定判決をうることができないものである。
第二 刑事訴訟法第四四八条第一項にいう「再審の請求が理由のあるとき」とは、原判決の誤謬が証明されたことをいうものではなく、その誤謬を強度に推測させることをもって足りるものと解すべきところ、本件再審請求書に添付した山本満知子に対する偽証罪の告訴状写、請求者作成の供述書および当裁判所に差し出した松本容市作成の上申書ならびに本件再審の請求に及んだ請求者の態度により、さらには、請求者の無罪を認めるべき明らかな新証拠として、事実取調請求書にもとずき申し出た全証拠を取り調べることによって、原第一審判決の挙示する各証拠が実質的な証明力を有しないことを強度に推測させ、請求者の本件証人威迫の所為が無罪であることを明らかにすることができるものと確信する。
(当裁判所の判断)
第一 有罪の確定判決の存在
請求者は、昭和四三年五月二四日京都地方裁判所において、証人威迫の罪により懲役四月に処する旨の判決の言渡を受けたものであるが、その後、同年一〇月二九日大阪高等裁判所において控訴を棄却する旨の判決の言渡を受け、さらに、同四四年二月二八日最高裁判所において上告を棄却する旨の決定を受け、右決定に対する異議の申立も、同年三月一八日これを棄却する旨の決定がなされ、同月一九日請求者に対し右決定が告知されて、前記有罪の原第一審判決は確定するに至ったことが一件記録に徴して明らかである。そして、原第一審判決が事実認定の基礎とした証拠は、被告人(請求者)の司法警察員および検察官に対する各供述調書、山本満知子の検察官に対する供述調書、伊佐ラクの司法巡査に対する供述調書、吉岡富雄の司法巡査に対する供述調書、山本満知子、吉岡富雄の司法警察職員に対する各供述調書謄本であることも、当該判決自体によってこれを認めることができる。
第二 刑事訴訟法第四三五条第二号による事由について
前記再審の請求の趣旨および理由第一(以下理由第一と略称する。)の趣意は、刑事訴訟法第四三五条第二号、第四三七条によるものと認められる。
ところで、同法第四三五条第二号は「原判決の証拠となった証言、鑑定、通訳又は翻訳が確定判決により虚偽であったことが証明されたとき」と規定しているのであるが、右にいわゆる「証言」とは、公判期日、または公判準備手続において、もしくは同法第一七九条、第二二六条、第二二七条の規定により、裁判所または裁判官の面前で、いずれも証人として尋問を受けた者の供述を指称するものと解すべきである。したがって、このような証人としてなされた供述でないもの、例えば、司法警察職員または検察官の面前における供述その他の陳述などは、右にいわゆる「証言」の概念には含まれないものと解するのが相当である。
そうだとすると、右理由第一の山本満知子、伊佐ラクおよび請求者の各供述調書記載のものは、いずれも、同人らの司法警察職員または検察官の面前における供述にほかならないのであるから、これらの供述を同法第四三五条第二号の「証言」として認められないことは極めて明瞭であり、前記各供述調書の供述内容がたとえ虚偽であるとしても、そのこと自体同条第二号の理由にあたらないことは勿論、同条所定の他の再審の理由にも含されない。されば、右理由第一の各供述調書(またはその謄本)の供述内容が虚偽であることにつき、確定判決によって証明されたか否か、および同法第四三七条にいう確定判決をうることができないときにあたるものと認めるべきか否かについて、さらに進んで審究する必要のないことは自から明らかである。
第三 刑事訴訟法第四三五条第六号による事由について
(一) 前記再審の請求の趣旨および理由第二の趣意は、刑事訴訟法第四三五条第六号によるものと認められる。
ところで、同号は、無罪等を言い渡すべき「明らかな証拠」を「あらたに発見した」ときと規定し、これらを同号による再審事由の要件としている。そして、前者は証拠の明白性の問題として、後者は証拠の新規性の問題として、相互に関連性をもたせながらその存否が決せられるべきものであり、かつ、右の二要件は、その一つを欠くこともゆるされないものと解すべきである。これらの要件を、本件に即して略述すれば次のとおりである。
(1) 明らかな証拠(以下明白性と略称する。)とは、確定判決を破棄するに足りる高度の可能性が認められる証拠であることを意味するものと解すべきである。
そして、右の証拠は、訴訟法上証拠能力(相手方の同意によってはじめて付与されるものを含む。)を有するものであることを要し、また、その証拠価値は、原判決の基礎となった事実認定に影響を及ぼすことが明らかな程度に、高度の信憑性を帯びたものであることを要するものというべきである。けだし、再審の制度は、実体的真実発見のためとはいえ、確定判決によって一旦確立した法的安全性を犠牲に供しようとする非常救済手続だからである。したがって、その証拠価値の信憑性は、弁護人の主張するような、原判決の誤謬を強度に推測させる(その趣旨は必らずしも明確を保ちがたいが、右にいう高度の信憑性に至らない程度の証明力を意味するものと解する。)ことをもっては未だ足りないものといわなければならない。
(2) 証拠をあらたに発見したとき(以下新規性と略称する。)とは、その証拠が、原判決の宣告以前から存続するものと、宣告後に存在するに至ったものとを問わず、その発見が「あらた」であることを意味するものと解すべきである。
そして、右にいう「あらたに」といいうるためには、その証拠の証拠方法としての存在、証拠の内容および価値などと、これに対する裁判所または再審請求者の認識予見との相関関係において、裁判所にとってあらたであるばかりでなく、再審請求者にとってもまたあらたに発見されたものと称しうるものでなければならない。されば、再審請求者が、原訴訟手続の過程において、その証拠方法、証拠内容等に照らし、これを提出することにつき法律上又は事実上何らの障碍もなかったことが認められる証拠を、その内容等を認識予見しながら敢て提出しなかった場合には、これをあらたな証拠として再審の用に供することは原則としてゆるされないのである。
以下、前記再審の請求の理由に準拠して各証拠を考察する。
(二) 請求者は、松本容市が昭和四四年三月三日ころ山本満知子と面接した際、同女が「宮園覚衞の件については今更本当のことは言えない。」旨申し述べたことは、とりもなおさず原第一審判決の挙示する山本満知子の司法警察員に対する供述調書(謄本)および検察官に対する供述調書が、いずれも虚偽の供述を記載したものにほかならないという事実を明らかにするため、松本容市作成の昭和四四年四月一三日付上申書を差し出し、かつ、同人および松川キヨヱらの各取調方を求めたので、当裁判所は、受命裁判官により松本容市、松川キヨヱおよび山本満知子を証人として各尋問した。
そこで、右の各証拠を検するに、上申書は勿論、各証人の供述を録取した尋問調書にしても、その内容は、主として事実審である原第一審判決宣告後の昭和四四年三月三日ごろにおける、松本容市と山本満知子らの面談に関する事実を中心としたものであることが認められるので、それと直接的に関連する限りにおいて、これらの証拠はいずれも新規性の要件を満たしているものということができる。
しかしながら、松本容市の作成にかかる上申書の趣旨は、受命裁判官の松本容市、松川キヨヱおよび山本満知子に対する前記各証人尋問調書に照らしてにわかに措信しがたいものがあり、却って、右三名に対する証人尋問調書を総合すると、請求者の雇主である松本容市は、請求者に対する証人威迫被告事件の裁判が上告棄却になったことを聞知して気の毒に思い、請求者を救助するため、山本満知子に対し、同女と心安い中村昭を介して、請求者の立場を有利にするような嘆願書の作成方を依頼し、その後、昭和四四年三月三日ごろ京都市左京区田中大久保町所在のグリル喫茶「飛鳥」において、松本容市が松川キヨヱを伴ない山本満知子と面接した際、同女が「近所で聞いたところ宮園覚衞は悪い人ではない。」という趣旨の嘆願書を作成して持参したので、松本容市は、そのような趣旨のものでは十分でないと考え、松川キヨヱとこもごも山本満知子に対し「宮園覚衞が吉岡富雄の傷害の件で山本満知子方の店を訪れたおり、その以前に若い人が五、六人同店に来た。」という趣旨のことを嘆願書に書いて貰いたい旨依頼したが、山本満知子は、そのような来店の事実を記憶していないということでこれを拒否したことが認められる。そして、松本容市が、その際山本満知子に依頼したと言い張るところの「嘆願書に本当のことを書いてくれ。」ということは、前記認定のように五、六人の若い人が来店した趣旨のことと推認されるのであるが、山本満知子としては、松本容市らから「本当のことを書いてくれ。」というような言葉で言われた憶えはないもののようであり、したがって、また山本満知子がこれに対し「嘆願書に本当のことを書くと起訴される。」という趣旨のことを言ったこともなく、むしろ、その場に来合わせた、山本満知子の知人で店の相談役でもある松本善一が山本満知子の意思とは直接かかわりなく、前記のように五、六人の若い人が来店したという意味における、本当のことを嘆願書に書くと起訴されるという趣旨の発言をしたに過ぎないことが窺い知れるのである。
このようにみると、山本満知子の司法警察員に対する供述調書(謄本)は、前記認定の事実など証人威迫に関しては何らの供述も存しないのであるから、その内容に照らし、前記各証人尋問調書等の明白性を判断するうえにおいて、直接の関連性がないものとして、これを考慮のそとにおくも過誤はないものというべく、また、山本満知子の検察官に対する供述調書は、前記認定の事実に鑑みると、特に虚偽の供述が録取されているものとは認めがたく、したがって、これら認定の事実等を総合すると、前記上申書および各証人尋問調書における証拠価値が、右供述調書を包含する証拠にもとずき請求者の証人威迫の所為を肯認した原第一審判決の判断を左右するに足りるものとはとうてい認めることができない。すなわち、前記上申書および受命裁判官の各証人尋問調書は、いずれも明白性の要件を欠くものといわなければならない。
(三) 請求者は、自己が本件証人威迫の容疑で検挙された当初のころ、松本容市が、下鴨警察署および京都地方検察庁の各捜査係官からそれぞれ「事件は何でもないので、宮園覚衞はすぐ帰れる。」旨告げられたことは、請求者が本件につき無実であることを示すものであるという事実を明らかにするため、松本容市の取調を求めた。
しかしながら、右証拠が、その証拠方法に照らし、また、その内容が前記のような趣旨の事実であることに鑑みると、特段の事情のない限り、請求者が右事実を立証するためには、原第一審判決の宣告以前において、松本容市を証人として取調を請求する等の方法により、その機会が十分に与えられていたものと認められるから、右の証拠は新規性の要件を欠くものといわなければならない。したがって、さらに進んで、その明白性についての要件を審究する必要はないものというべきであるが、仮に、松本容市が捜査係官から前記のような趣旨のことを告げられていたとしても、その後の捜査の経過に照らし、殊に引き続き各種の証拠が収集され、起訴されるに至った点等を考察すると、前記のような事実を証明すべき証拠が、原第一審判決の判断を左右するに足りる信憑性を有するものと認めることはできない。
(四) 請求者は、前記再審の請求の趣旨および理由中の第一の(一)ないし(三)の各事実が、請求者の無罪を物語る徴憑であるということを明らかにするため、本件再審請求書添付の請求者作成の供述書および告訴状写ならびに本件証人威迫被告事件記録中の請求者の供述部分を引用するほか、山本満知子、伊佐ラクおよび請求者らの各取調に当たった警察官および検察官の取調を求めた。
しかしながら、右証拠のうち、請求者作成の供述書および証人威迫被告事件記録中の請求者の供述部分ならびに伊佐ラクについては、いずれも、その証拠としての証拠方法、内容等に鑑みて、新規性の要件を備えていないことが明瞭であり、一応新規性を肯定して妨げないものに告訴状写および偽証告訴事件の捜査に携わった司法警察員山本某が存在するが、告訴状写は請求者が山本満知子を偽証の罪により告訴したことを推認させる程度のものに過ぎず、かつ、右偽証告訴事件は、堀川警察署から京都地方検察庁に「適当処分」相当の意見付で送致され、同庁では未だに処分未了の状態にあることが裁判所書記官作成の電話聴取書によって認められるので、右両者とも請求者の無罪を推測させる証拠というには余りにも不十分であって、その明白性は認められない。その他、山本満知子、伊佐ラクおよび請求者らの各取調に当たった警察官および検察官は、請求者が原第一審においてその存在を知り、その主張の事実を立証するため証拠として顕出しえたものということができるから、まさしく新規性を欠くものといわなければならない。
(五) 請求者は、中村昭の昭和四四年三月一日以後における山本満知子らとの会談内容を明らかにし、また、吉岡富雄と請求者との接見事情ならびに吉岡富雄と山本満知子との間における傷害事件の示談状況等を明らかにして、請求者が本件につき無罪であることを証明するため、中村昭および吉岡富雄の取調を求めた。
そこで、まず中村昭についてみるに、同人に関する事実は前記のとおり原第一審判決の宣告後において発生した事柄であるから、それが証拠として新規性を有するものであることはいうまでもないが、請求者主張の会談の内容は全く明示されていないばかりか、当裁判所の事実の取調における受命裁判官の証人松本容市、同松川キヨヱに対する各証人尋問調書によると、請求者の主張する事実は、松本容市から依頼を受けた中村昭が、前記日時以後における面談の席上、山本満知子に対し、松本容市が請求者のために面接方を求め、嘆願書の交付方を懇請している旨を伝え、同女の承諾をえようとしたときの情況を指すものと思われるけれども、このような事実は、中村昭を取り調べるまでもなく、請求者が本件につき無罪であるか否かを判断するについて直接の関連性が認められないので、その証拠としての明白性を欠くものといわなければならない。
次に、吉岡富雄についてみるに、同人の司法巡査に対する供述調書は、既に原第一審で取調済みとなっており、かつ、右供述調書の内容は、吉岡富雄が山本満知子に対する傷害事件を請求者に話した事実に関するものであるから、吉岡富雄と請求者との接見事情を立証する証拠としては新規性に疑問があり、また、吉岡富雄と山本満知子との間における傷害事件の示談状況を立証する証拠としては、新規性の有無に対する判断はさておき、それ自体、本件犯罪の成否とは無縁の事柄であるといいうるので、これが明白性の要件を欠くものと断ぜざるをえない。
(六) 以上考察したとおり、請求者の掲げる証拠は、すべて刑事訴訟法第四三五条第六号の「無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」に該当しないものといわなければならない。その他、関係資料を比照しこれを総合してみても、同法第四三五条各号にいう再審理由に該当する事由は認められないのである。
第四 結論
よって、本件再審の請求は、その理由がないものと認め、刑事訴訟法第四四七条第一項に則ってこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 橋本盛三郎 裁判官 石井恒 竹原俊一)